≪五節;蒼い月光(つき)の下で―――・・・(弐)≫
〔そうこうしているうちに―――ヱリヤは、エルムが吸血をしやすいように膝をかがめて背を低くし、
流れるようなプラチナブロンドの髪を掻き分けて、エルムにその項(うなじ)を差し出したのでした。
今までは―――顔を突き合わせる度にいがみ・罵りあい、片方がそうすればもう片方はそれに輪をかけてしていたものなのに・・・
けれども、不思議なことに―――その場が流血沙汰になることはなかった・・・
そのことも、今にして思えば―――実はこの二人の仲というものは、深いところでは通じ合う仲であり、
互いに思い遣れる心を持ち合わせていることが、伺い知れたものだったのです。
それからしばらくすると―――・・・〕
エ:けれども・・・お前様の血を久々に頂いたけど、昔と変わりがなくって安心したよ。
紅くて―――コクがあって・・・それでいて、お前様の優しい心がそのままになった血の味・・・
大好きな―――大好きな・・・お前様の、血の味・・・
ヱ:ああ―――・・・私の・・・シュターデン・・・
〔二人の・・・互いのやり取りを見ていると、どこか二人とも傾想し合っているかのようにも見えなくもありませんでした・・・。
やはり―――この二人は・・・お互いが仲が悪い―――と、云うのではなく、
むしろその逆―――互いを尊重しすぎる嫌いがあったので、彼方がなにをしたいのか―――が、意思の疎通をさせるまでもなく分かり合えていた・・・
だからこそ、今回の一連の所作事(カルマの先遣隊撃退も含む)も、然るべくして起こされた出来事でもあったわけなのです。
すると―――・・・この二人の間の静寂を引き裂くかのような物音が・・・〕
ギ・・・キイィ〜―――
ヱ:―――誰だ!
エ:あ・・・っっ―――お前たちは!
タ:・・・おや、もうすでに先客がおられましたか―――
婀:(この二人は―――・・・)
ヱ:・・・お前たち―――見たのか・・・
タ:うん―――? なにを・・・でしょう。
ヱ:惚(とぼ)けるんじゃない―――今のを、見たのだろう!
タ:・・・ええ、そうですね―――見に来たのです。
エ:ほぉ〜う・・・そうなのかい―――では忠告してあげよう・・・そのことはお前たちのためにはならない、即刻記憶の外に置いてきてしまうんだ!
・・・で、なければ―――
婀:エルム様―――? いかがなされたというのです、何もそう、殺気立たれずとも・・・
〔屋上への扉が軋んだ音を立てて開かれたとき、そこにはタケルと婀陀那の夫妻がいたのでした。
しかし―――突然の不意を突かれ、反射的に振り向いてしまったときには、ヱリヤとエルムの身体は互いの息がかかるくらいに密着しており、
とても仲が悪いようには見えなかった・・・
事実として―――この二人の仲が悪いというのは、この国の諸官たちに刷り込ませるための演技であり、
とりわけ、軍・政務の中心を担っていそうなこの二人に、“刷り込み”の根底が覆されるような今の行為がバレようものならば、
自分たちが仕掛けようとしていたものも、一気に水泡に帰する畏れが出たために、今回思いがけず眼にしてしまったことをすぐさま忘れるように、
かなり強い口調で促してみたのです・・・
―――ところが・・・〕
タ:―――はっはっは・・・
ヱ:むっ・・・なにがおかしい―――
タ:ああ、いやいや・・・これは失礼―――
どうも困ったことに、≪鑓≫と≪楯≫のお二人は、ワシら夫婦がここに来た理由をお取り違えになっているようだ―――
・・・だから、お笑い申し上げたのです―――ヱリヤ様。
婀:―――なんと?
エ:勘違い―――だってぇ〜?!
ヱ:・・・ならば、お前たちは何のために屋上まで上がってきたのだ―――
タ:ワシらは・・・陛下よりのお誘いにより、今夜は満月が出ていることを知りまして・・・
それで、こちらに赴いてみたまでのこと―――なのです。
それがよもや・・・誤解を生むことになってしまおうとは―――・・・
ヱ:・・・そうか―――だから、つい笑ってしまった・・・・それは悪いことをしてしまったな―――
云われてみれば・・・今宵は満月であったか。
エ:なぁ〜んだよぅ〜―――月が見たい・・・って云うんなら、そう云えば良かったぢゃないかぁ〜
ヱ:そう云ってやるな―――あたら血生臭事に追われ、風情というものを忘れてしまったのだ・・・返す言葉もない。
〔この――― 一種緊迫した雰囲気の中、突如としてタケルは哄笑しました。
それも、自分たち夫妻が屋上まで上がった理由を、ヱリヤとエルムが勘違いをしたとして―――・・・
それに、それは双方の誤解を解く鍵でもあったのです。
そう・・・このときのタケルは、女皇陛下より、『今夜は名月が出ているから、屋上に上がってみなさい』とのお誘いを受け、
愛妻である婀陀那を伴って、屋上に来たまでの話し―――
けれども、すでにそこには、今渦中の人物であるヱリヤとエルムが先に来ていた―――
それに、ヱリヤとエルムのほうでも、本来の自分たちの関係を“見られてしまった”―――と、思い込み、焦りを生じてしまったことも確かだったのです。
ですが―――そこでタケルが、きっかけともなる女皇陛下からのお言葉を拝借すると、
素直に勘違いを認め、ここで改めての誤解が解かれたのです。〕