<第十章;NON FATE>
≪一節;上の空≫
〔その日の会合では―――ブリジットは乗り気ではありませんでした。〕
ト:ところで―――ブリジット、君の意見はどうなのだね。
ブ:――――はあ? はあ・・・
ル:“はあ”じゃないだろ、どうかしとるぞ? 今日のお前さんは。
ブ:―――はあ・・・。
ギ:(フ・・・)全く―――前回はあれほど私たちに噛み付いてみたのに、
どうも今日のあなたは、牙と爪をもがれた獣のようだ。
ブ:・・・それは―――もうしわけない・・・。
サ:しかし―――張り合いがないとはこのことですな。
そこでどうだろう、今回のところはここらで閉会という事で。
ル:はっはっは―――それもそうだな。
では・・・ワシの行きつけのところへ行かんか、あの“ベルガー”を安く食わせてくれるところでな。
ト:ははは―――ルドルフ、君の舌の肥えているのは、皆舌を巻いているところだよ。
それで・・・どこなんだね。
ギ:それはおそらく<潮海亭>というところでしよう。
あそこへは、斯く云うこの私も度々足を向かわせているが、絶品なのは“ベルガー”だけではありませんよ。
サ:おやおや、これは期せずして“独”と“仏”の食の対決の勃発ですかな。
―――はっはっは――
〔ここは保養地―――日頃激務続きの政治家達が、ひと時の憩いを求めにくる処。
だから彼らはここに集い、会合のついでに骨休めをしていたのです。
ですが―――彼らが部屋を出たあとでも、ブリジットだけはそこに留まっていました。
いえ・・・正確には、雑念のない『一人きりの空間』で、深く考える時間が欲しかったのかもしれません。
だからこそ、再び―――あのときの状況を思い起こしていたのです。
つい、この二・三日前に、自分の別荘代わりのお城のある街で起こった、不可解なる出来事を。〕
ブ:あの時―――確かに私は見た・・・。
絶対に助からないであろうあの状況で、助かっていたあの子供と女性を・・・!!
それに・・・私が呼びかけたときに、こちらを振り向いて見せたのは、あのときの私の声が届いていたから・・・
―――だとしたなら、あの時偶然に車が過ぎったあと、あの女性の痕跡が跡形もなく消え失せていたというのはナゼなんだ?!!
私は・・・悪い夢でも見ていたとでもいうのか?!!
〔彼女―――ブリジツトは、哀しいまでに現実主義者でした。
そう、いわゆるところの、自分の目で見たモノでしか“現実”ではないという―――・・・
それでは、このほど起きたという事象は―――?
目を疑りたくなるような“現実”――――が、あったとしても、今にも大型のトラックに轢かれそうになり、
助かっていた者達がいたというのは、それだけが“現実”だったのです。
ありえないはずの事が、ありのままの“現実”で、自分の目の前で『具現化』した―――??
そのことを、彼女は『悪夢だ・・・』と、していたのです。〕