≪七節;闘争の師匠≫
〔そして――― 一通り謝るという形をとったので、弱点から手を離してやり・・・ラゼッタも気を持ち直したところで、倍返しを狙おうとしたのですが―――〕
ラ:(え・・・?)あっ、うっ―――
ア:ナニをそんなに驚いた顔をしているんだい、ラゼッタ・・・
このオレが―――ただ単に、あの人の下で研究に明け暮れていた・・・と、だけしか思っていなかったのかな。
ラ:・・・そういうこと―――まさかあの方から闘争の手解(てほど)きも受けていたなんてね。
参ったわ・・・本当に降参よ―――
ア:フ・・・随分と聞き分けがいいんだな―――
ラ:あら、だってそうでしょう―――私たちの闘争の師より、更なる上達者であるガラティア様直々の手解(てほど)きを受けたハイディスクリプトであるあなたに、
どうすれば敵(かな)う道理が?
〔繰り出した自分の拳を払われた後、その拳を引くことが出来ないように掴まれた・・・
しかも開いている腕で自分の頚動脈と気道を締め付けるような技・・・
このような諸動作により、後ろのめりになっている背には男の膝が・・・
つまりそこには締め技と関節技が一体となった複合技があり、アベルがその気になっていればラゼッタの命は容易(たやす)く奪えていたのです。
・・・ついこの前までは、父親と育ての親代わりの老婆を弑されたことに、涕に暮れていた軟弱者だったのに―――
自分も知らないうちにこの男は、自分をも凌ぐ武力(ぶりき)を得ていた―――・・・
しかも、自分の闘争の師でもあるマエストロの闘争の師が、その男の闘争の師匠だとも云う―――
私は・・・あの方の畏ろしさを一度だけ見たことがある―――・・・
アレは確か―――マエストロのお使いで、マグラのヤツと一緒に、あの方の艦<ゼニス>に寄っていた頃のこと―――
不意に危険を現すアラートが艦内に鳴り響き、何事かと思っていたら・・・
ゼニスにある研究区画で保護をしていた猛獣―――クゥアールが檻の中から脱走・・・
急いで被害の出ている区画に駆けつけてみれば―――
口より滴らせている生血も生々しく、牙をむき―――眼を爛々と光らせている凶獣がそこにはいたのです。
“次には誰を喰い殺そうか”―――と、周囲に殺意を撒き散らしながら牽制を行っていたとき、
ゼニス艦長であるガラティア様が、ゆっくりとした足取りで現場まで赴いてきた・・・
今までナニを―――それに、どうしてこんなにも暢気に構えて・・・
そう思っていた私たちは愚かだった・・・私も―――マグラも・・・
それというのも、あの凶獣がガラティア様のお姿を見ると同時に、先ほどの凶暴さはどこへやら・・・
急に大人しくなったかと思えば、あの方の側まで擦り寄ってくると咽喉を鳴らしながらなついていたのです。
信じられない―――今までゼニスのクルーの一人の肉を貪り、二人目の肉も漁ろうか―――と、狙いを定めていたあの獣(けだもの)が・・・
=死=
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いや―――その“死”すらを覚悟したからこそ、このクゥアールもこの方の前では大人しくなり、恭順を示して見せたのだ・・・
それを証拠に、次にガラティア様が紡がれたお言葉に、あの当時の私たちは戦慄したものだったのです・・・
――ヤレヤレ・・・全く、仕様のないこだねぇ――
――餌なら、この私が与えてやるというのに・・・――
――もう、今度からこんな粗相をするものじゃ・・・ないよ――
敢えてもう一度云おう―――その獣は、その方の前では 死 すら恐怖した・・・
つまりそれは、その場でその存在に確実に死をもたらせることの出来る唯一無二だったことを示すものであり、救える人だった・・・
そこでは、私も―――マグラも―――この凶獣も、運命を分かち合った共同体・・・
同じく・・・等しく・・・“真の恐怖”を分かち合えた存在だったのです。〕