<第三十一章;試練の道>
≪一節;当然の結末≫
〔女禍が向かった艦には、先般ブラックウィドウに連れ去られたアベルがいるはずでした。
けれど、そこにいたのは、アベルと外見は同じでも内身は全く違う存在―――サウロンという者がいたのです。
そして、アベル誘拐の首謀者であるヱニグマからは決定的な言葉・・・
自分の儘にはならないことから、アベルの存在を分割した―――と、述べたのです。
存在の分割化―――とは、その当時宇宙一のマッドサイエンティストとして畏れられた オルトロス=ミンクス=ザミエル が、
ある星系の人間を材料に実験に明け暮れ、終(つい)には完成された、まさしく“悪魔の所業”なのでした。
そう・・・肉体の分割化はもとより、精神―――果ては魂までをも割いて、
全く容姿が同じながらも、属性<アライメント>が真逆な存在を創造することができていたのです。
けれども・・・このマッドサイエンティストの成果は、決して世に出ることはなかったのです。
それはなぜか―――・・・
結論としては、オルトロスが学会発表の前日に、何者かに命を奪われその研究成果も奪われてしまったから・・・
では、実行犯は―――?
もはや説明の余地すらないでしょう―――・・・
なぜあの時、ヱニグマがマッドサイエンティストの研究が成功したことを知りえていたか・・・
それは、彼女率いるブラックウィドウが総てを奪い去ったから―――
こうして“悪魔の所業”は、文字通り悪魔たちの手に渉り、今回アベルという地球人の分割化に着手した―――
その結果―――これから100万年という歳月を費やさなくてはならなくなるのです・・・
―――ともあれ、自分が愛すべき人間を救えなかった女禍は・・・〕
女:姉さん―――! どうして・・・どうして私を放っておいてくれなかったんです!
アベルは・・・もうこの世にはいない―――
私は・・・彼の愛すべき人間たちを守ってやれなかったばかりか、彼自身すらも救えなかったんです!
それなのに・・・どうして・・・姉さんは私を救ったんです―――・・・
ジ:女禍ちゃん・・・いえ、女禍―――それは間違っているわ。
女:―――ナニが間違っているというのですか!
ジ:・・・総て―――
そう・・・敢えて云わせて貰うのならば、総て―――
その一つに、あなたはノーブルエルフとしての、自分のイデアを全うとはしていない。
あなたが司る 愛 は、お姉さまや私のそれを遥かに凌ぎ、包み込むもの―――
総ての存在を、そのイデオロギーの下に包み込む・・・“善き”であろうと“悪しき”であろうと、その判別なく―――
そのことはお姉さまからも云われたはず、『総ての理(ことわり)自体には善悪は存在しえない』・・・
ただ、状況の作用から鑑みて 裁き を必要とするならば、その裁きを執行する者の 正義 が問われてくるの。
そして―――そのことは、絶えず自らが紡ぎださなくてはならない・・・そこで躊躇してしまうと・・・
女:・・・“禍神”―――私が、ああも簡単に失道してしまうのは、やはり私が・・・
ジ:・・・それは、あなたが優しすぎるからなのよ―――女禍・・・
〔自らの隠された畏るべき能力―――本来、自分が背負うべき宿である“愛”の逆のイデア、“憎悪”の名の下に身を染めてしまえば、
総てを破壊したくなる欲望を持ち合わせる“禍神”になってしまうことを、女禍は最近になって知ることができました。
そしてそれはリヴァイアサンの内でも―――
そう・・・ジィルガは、以前に自分の妹が 堕天 をした経緯のデータを採録しており、
今回も、アライメントが限りなく負に近づいているのを感知したため、急遽の出動となり無事妹の保護と脱出をしたのです。
けれども・・・結果としては敗けでした。
それも悔しい敗け―――
妹が愛した存在が別の存在となって現れたどころか、オリジナルであるアベルは自然消滅してしまっていた・・・
その悔しさに―――女禍は涕しました。
自分の不甲斐なさ故に・・・また、自分の弱さ故に―――
けれども姉である者は、それは女禍が弱いからではなく、彼女の持つ優しさからだ―――と、諭すのです。〕