≪三節;訓練光景―――その一≫
〔こうして―――まさに死に直面するための訓練が開始されたのです。〕
キ:さて―――と・・・ではまづ、これから二つの班に分けて7,000〜8,000の地点を目指してみましょう。
期間は―――そうね、二日をかけて・・・
それから班の編成は、一班に三人づつ・・・そこに私を含める計四人で、その標高差に慣れてもらうとするわ。
それと―――・・・
〔計画的―――それはまさに計画的でした・・・。
ただ闇雲に頂に向かうだけのものではなく、最低限の身体づくりをした上でないと、どんなに日頃健全であってもすぐさま命を落としてしまう・・・
キリエはそのことをよく知っていたのです。
そのためにはまづ、六人いるナオミ達を二つの組に分けたのでした。
一組目は―――ユミエにルリにマキ・・・もう一組は、ナオミとシズネとレイカ・・・
しかもこの組み合わせは常に固定していたわけではなく、ある一定の決まりごとの中でのローテーションがあり、
必ずしも同じ組み合わせにならないように、指導者の配慮の下推し進められていったのです。
それから一週間が経とうとした頃―――・・・
次の段階に進むためにナオミ達は一旦ベースキャンプ地点まで戻り、訓練計画を話し終えて就寝していた時・・・〕
マ:コホッ―――コホン・・・
キ:・・・どうしたの、大丈夫?
マ:えっ・・・ああ―――ちょっと咽喉がいがらっぽくなっちゃって〜・・・
ユ:マキ―――どうしたの。
マ:ユミさん・・・いや、なんでも―――コホッコホッ―――!
ル:マキ―――何でもないじゃないじゃない! キリエさん・・・
キ:(−52°・・・)他の人は大丈夫?
シ:えっ・・・ええ―――
レ:大丈夫―――です・・・
キ:・・・こんなところでやせ我慢をしたって何にもならないわよ、辛い時には云ってもらわないと―――
―――マキさん、これを鼻孔の上に被せてみて・・・
マ:あっ・・・これ絹製―――あれ?急に息が楽になったよ?
キ:乾いた冷気で鼻腔と咽喉がやられたのよ、よくあることだわ。
それに眠たくなくても目は瞑(つむ)っておいて、体力を極力温存しておくことを身体に覚えさせておくのよ。
〔体力をどれだけ温存しておかれるか―――それは、高山に登るのはもとより極寒の地においても云えたことでした。
日頃は―――平地では元気な自分たちだけど、山はそれとは関係なく体力を削って行き、
結果・・・それが出来なかった人間を的確に見抜き、そして生命を奪って逝く―――・・・
それに対処する法をキリエは心得ており、現在は自分たちが先輩たちのようにならないように仕込んでくれている―――
しかも“寝る”という、一見して単純そうに思えることも大事なことだと実感したものだったのです。
そう―――・・・“寝る”と、云う事はただ単に身体を休ませるだけのものではない・・・
明日への体力を造っていく・・・いわゆる準備期間のようなモノ―――
目や手足と云った、起きている時には巡(めぐ)るましく動かせている部位も、睡眠時には活動を休止させている。
けれども心臓や脳と云った器官は、絶えず休む間もなく明日を生きるための 活力 を生み出していく―――
なぜ赤ん坊が一日の大半を寝て過ごすか・・・それが一説によれば、無尽蔵に持っている基礎体力を、
これから約80年もの歳月を生きていくために備えている・・・と云われているくらいなのだから。
だから歳を取る毎に体力がなくなって行き、同時に眠る時間も比例して減少していく・・・
お年寄りが朝早い―――と、云うのは、まさにこのことの表れでもあり、このことは無尽蔵にあった体力が尽きかけている証しでもあった・・・
つまり、寝ている時こそ基礎体力と云うものが出来て行くと云うことを、キリエはナオミ達に教えようとしていたのです。〕