≪七節;ヴァンパイア―――その契約≫
〔しかし、マキの命を相手に握られていては、流石のエルムも手を出し辛いのでは・・・と、そう思われた瞬間―――
此方より襲い来た「一角雷針」が、獅子の獣人の腕を射抜き、その痛痒さで獅子の獣人は思わず獲物を手放してしまった・・・
その隙を逃さなかったエルムは、すぐさまマキを拾い上げ、この獅子の獣人の手が及ばない地点まで移動したのです。
・・・が―――マキの息は、もうこの時すでに、モスキートの羽音のようにか細くなっていたのです。〕
エ:マキちゃん―――マキちゃん! しっかりしな・・・!
まだ死ぬんじゃない―――死ぬんじゃないよ!!
マ:・・・エルム・・・ちゃん・・・エへへ―――あたし・・・ドジ踏んじゃった・・・もう・・・助からないゃ・・・
エ:何バカなことを云っているんだよ! そんなに簡単に生きることを諦めちゃダメ―――!
強く・・・強く・・・もっと生きる希望を―――!!
マ:もう・・・いんだよ・・・最低限のことやったしさ・・・
それに・・・エルムちゃんにも・・・会う事が出来たし・・・
もう・・・あたし・・・思い残すことなんか・・・ない―――・・・
エ:私はあるよ! なんだって・・・マキちゃんみたいないい子が―――・・・
・
・
・
=良いのか、その決断で・・・=
=お前のことを、一番に気に掛けていたあの者のことは、どうするのだ・・・=
・
・
・
エ:お父様―――・・・まさか、あの時云いたかった事って・・・
〔必死になって、彼岸の淵に立たされているマキを此岸(しがん)に戻そうとするエルム―――
しかしこの時、エルムの脳裏に、突如としてある日の光景が甦ってきたのでした。
そう・・・「あの時」―――
「あの時」も、エルム自身が彼岸の淵に立っており、生きることの希望を失いかけていました。
そこを―――どう云った因果からか、エルムドア大公爵に顔を覗かれ・・・何かを囁きかけられた―――
つまりは、あの当時、自分の身に降りかかった事象の総てが、記憶の底より呼び覚まされてきたのです。
けれど、こんな時でも、着実にマキの生命の灯火は小さくなっていき―――徐々に・・・最期の瞬間が訪れようとした時・・・〕
エ:・・・いいかい―――マキちゃん。
これからマキちゃんに、大事なことを訊くからね・・・正直に答えるんだよ。
マキちゃんは・・・これからも生きたい? 生きていたら、これからも愉しいことが沢山マキちゃんを待っているんだよ。
マ:えへへへ・・・なんだよそれ―――あたし・・・これから・・・死ぬんでしょ―――
エ:ダメだよ!生きる希望を―――・・・「存在を紡いでいく」って云う事を諦めたりしちゃ・・・
そりゃね―――私だって・・・マキちゃんと同じくらいの年に、そんなことを思ったりもしたけれど・・・・
お父様に出会ってからは、そんなことは微塵も思ったりなんかはしない―――
だって・・・そうだろう? この世には可能性が―――夢や希望や、愉しいことが沢山詰まっている・・・宝箱みたいなものなんだもの!
・
・
・
=だから・・・これからも、私とずっと一緒に―――=
=・・・うん―――=
・
・
・
〔ヴァンパイアの真祖が、その時及んだ行為―――
それ自体は、彼の者が彼の者としてあるべくの行為・・・
なぜ、彼の者が「吸血鬼」と呼ばれるかの、所以(ゆえん)―――・・・
そして、その行為に及ぶにあたり、「存在を紡いでいくことの愉悦」を説いた者は、須(すべか)らくそれに応じた者の首筋に鋭い牙を突き立て―――
実に、何十万年ぶりかになる生の血を味わったのです。
そう・・・そのヴァンパイアは、「生」の血が苦手であった―――にも拘らず・・・
けれど、今まで立つことすらままならなかったほど衰弱しきっていた者は、
自力で・・・その両の足で―――しっかりと大地を捉えていたのです。
それこそは・・・新たなる真祖誕生の瞬間でもあったのです。〕
To be continued・・・・