≪四節;困った時はお互い様≫
〔そして、追っ手である憲兵が、このアンブレラと出くわした時―――以外にも、そこにいたのはアンブレラだけなのでした。
そこで―――憲兵は、このアンブレラに対し二三の質問をしてみると・・・〕
憲:申し訳ありません―――マダム・・・こちらに、こう云った者が参りませんでしたか。
ア:―――さあ・・・わたくしは、今しがたあちらから来たばかりなのですけれど・・・こちらの写真のような者は見かけませんでしたわ。
憲:そうでありましたか―――・・・
ア:・・・それでもわたくしの事が信じられぬと云うのでしたらば―――こちらのスカートの中身を改めて見られます?
憲:あ・・・い、いえ―――決してそのような事を申し上げているのでは・・・
そうお感じでありましたなら、大変失礼を申し上げました―――では、これにて失礼をいたします・・・。
〔この界隈ではあまり見かけない―――貞淑そうなご婦人・・・
しかし憲兵は、一つの可能性として、このご婦人が現在自分達が血眼になって追っている者の事を知りはしまいか・・・と、訊いてみたところ、
果たして、アンブレラのご婦人からの答えは、「知らない」―――と、云う事でした。
物腰柔らかな口調・・・長い―――踝まであるかと疑われるような、菫色の髪を靡かせ・・・燃え盛るような、それでいて情熱的な真紅の眸を宿した女性・・・
すると、自身の足元を隠すような長いスカートを、憲兵が怪訝そうに伺っている様子に、アンブレラは―――
ならば自分の穿いているスカートの中身を改めるべきなのでは・・・と,そう糺したところ、
流石にそこの処は倫理・風紀的に躊躇われたのか、憲兵は言葉を濁すとその場から立ち去ったのでした。
そして、一難去った処を見計らい、アンブレラが語りかけるのには・・・〕
ア:―――さ・・・もう大丈夫ですよ、出てきなさいな。
少:ど―――どうもすみません・・・
ア:いいえ―――宜しいのですよ・・・困った時はお互いさま。
あなたも、わたくしが困っているのを見かけたときは、今度はあなたがわたくしを助けて下さる―――それで良いのです。
〔すると・・・そのアンブレラの、あの長いスカートの中から出てきたのは、なんとあの少年―――なのでした。
貞淑そうに見えて大胆―――良く考えてみれば、この少年が永らえられたのも、偏にはこのアンブレラの機転・・・並びにその大胆さが活かされていたからなのです。
そう―――この少年とアンブレラが最初に出会った時、状況から察して少年が何者かに追われていると感じたアンブレラは、
取るも取り敢えず・・・少年を自分の長いスカートの中に隠したのです。
それから後のことは周知の通り、このアンブレラが生来から持っている駆け引きの巧さ―――・・・
あのしつこい憲兵でさえもあしらってしまうほどの弁舌の巧さに、少年は畏敬の念さえ抱いてしまうのです。〕