≪五節;詳(つまび)らかにされる実態{サヤ}≫
〔その一方で――― ヴァンパイアのサヤは・・・と、言うと。
彼女が一路目指したのは、夜の街より遥か東・・・通称『血溜りの谷』と呼ばれている
――ヴァルドノフスク渓谷――
実はこの渓谷、そう呼ばれるのには、所以があるからなのです。
では、その所以とは―――
この渓谷は、二つの列強『クー・ナ』『ハイネス・ブルグ』の狭間にありながらも、
深い杜に覆われており、その上――― よく晴れ上がった日でも、霧が絶えなかったのです。
しかも、朝なり――― 夕なり――― その霧に陽が当たると、
そこは一面、血を思わせるような真紅に染まり上がった事から、そのような呼称がついてしまったのです。
それゆえに、この二国間を行き交う人々は、この迷いの杜と呼べる、この場所に、
好き好んで足を踏み入れる者はおらず、皆、迂回や遠回りをして避けて通っていたのです。
しかし――― どうしても、やむをえない理由で、この杜を突っ切ろうとする者も少なくなく―――
でも、ご多分に漏れず、杜と、霧の魔性のせいにより、通過できるのは、全体の一割も満たしていなかったのです。
しかも、おあつらえ向きに、運良く生きてこの杜を抜け出せた者も、その言(ごん)に寄れば・・・
『数多くの、干からびた人の屍体や、人外の者達のそれを見た―――』
とか―――
『白く透けるような美女が、それらに近付くのも見た―――』
と、云っており・・・・
それゆえ、この地方では、とある者の出現の噂が絶えなかったのです。
では、そのある者―――とは・・・
総ての―――
生きとし生ける者の―――
その生命を糧として―――
生くる者―――
“ヴァンパイア”
では、どうして、サヤが一見してこの奇妙な名称と、噂のついて回る場所に、向かっているのか―――
それは―――
その渓谷より先には、古えの昔よりある、『お城』と呼ばれる―――
――ヴァルドノフスク城――
(またの名を、『吸血城』)
が、あるから。
そして、そこは・・・・彼女自身が、生まれ、育った場所だから・・・。
その、自分の故郷とも呼べるべき場所へ、向かっていたサヤは、
キリエとは対照的に、何の障害もなく、目的とする渓谷へ、辿り着いたようです。
(なぜならば、彼女の正体は、今回明かした通り、吸血鬼であり、またこの地の出身だから、この杜でも迷う事はなく、難なくこの城に辿り着けたのです。)
そして――― 今、彼女の目の前には―――
あの、凶々しい杜の伝承とは裏腹な、中世欧州の城を思わせるような、その景観もさることながら、
それは立派な、大層な造りの『お城』が―――
それから、この城の、バロック調の扉を開け、正面玄関の大ホールに入ると、そこには―――
この城の主、ましてや使用人など居らず、サヤ一人が佇んでいるだけ――― だったのです。
でも、もしかすると、今の城主は彼女―――サヤなのでは?と、言う疑問も浮かんでは来るのですが・・・
実はこの城、今も昔も変わることはなく、とある方の所有物なのです。
その証拠・・・サヤがこの城の主ではない証として・・・
この大ホールに飾られている、200号はあろうかという、大きな肖像画が――――
そこには、それはそれは美しい・・・まるで、絶世の美女を思わせるかのような、妖艶な女性が・・・
では、その容姿は―――?
前髪の、まるでアンテナのように跳ね返った、クセのある―――
菫色の頭髪
少し、憂いを湛えたかのような―――
クリムゾン・レッドの瞳
服飾も―――
深い紫の、落ち着いた色のドレスに
上品で、気品のある―――
穏やかな顔つき
そう・・・まさに、この城の持ち主に相応しいお方が、そこに――――〕
サ:(主上・・・・わが君・・・。)(ス―――・・・)
〔そして、サヤ・・・その肖像画のお方に、恭(うやうや)しく一礼をし、
徐(おもむ)ろに、自分が持っていた(恐らくは護身用の)小剣を―――!!〕
サ:ぐっッ――!!(ブスッ――― ビッ――――ビイィィ――――・・・)
だぱッ―――― びちゃびちゃ・・・・・
〔なんと・・・自分の二の腕に突き立たせ、そのまま縦一文字に切り裂いたのです。
そして―――当然の如く流れ出る、おびただしいまでの量の血・・・・
その血は、瞬く間に城の大広間の床を朱に染め・・・すると―――
そこが血の海になるかと思いきや、まるで乾いた砂地が、水を取り込むかのように、地下のほうに浸透していったのです―――。〕
サ:ふふふ・・・・。(これで――― 第一段階は、終了・・・と。)