今にも陥落ちそうな砦の最上部にて―――両軍入り乱れているのを、ただ見つめていた二つの視線がありました。
その二つの視線の持ち主たちは、しばらく・・・オデッセイア軍とプロメテウス軍の様相を静観していましたが、
やおらすると、二つとも別々の―――つまり戦場の対極に降り立ち・・・
騎:フ―――・・・現実とは、斯くも哀しいモノだ・・・な。
導:その通りさ・・・これからお前達が見るモノは地獄―――私とあの人に弄玩ばれ・・・
――この世の末を体感するがいい――
第十六話;修羅
而して―――その者達は、現実なる「地獄」の体現者でありました。
一人は女性の騎士―――・・・
一人は女性の魔導師―――・・・
その者達の前後左右には、既に人は莫く―――・・・
或る者は、女騎士が持つ紅蓮の槍で薙ぎ払われ―――
或る者は、女導師が繰り出す拳や脚によって駆逐された―――
最早・・・彼の二人を止める術は、誰も持ち合わせていない―――・・・
ただ、飽くことなき蹂躙を、二人の気紛れによって止めて貰うしかなかったのです。
けれどその確率は「万分の一」―――
この・・・血に飢えた獣が、好物の肉を目の前にして、手を出さずにおれるだろうか。
答えは、明確にして簡潔―――「ある」はずが「ない」のです。
しかし・・・一番に驚いていたのは、陥落寸前の砦を護り抜こうとしていた、元々のこの砦の守将だった者や、蓮也ではなかったでしょうか。
今までにも見た事もない二人の武将が、揃って敵陣に躍り込み―――周囲をものともしないで武を振る舞う様を・・・
確かにそれは、爽快で胸のすくような光景ではありましたが、冷静になった今にしてみると・・・
だとしたらあの二人は、オデッセイア軍のどの部隊に所属し、誰の命令を受けてこの砦を護ろうとしているのか―――・・・
その事を、蓮也はアンカレスの守将に訊いてみた処・・・
蓮:なんですと?! 知らぬ―――?
・・・では、あの者達は、オデッセイアの軍の関係者ではないと云う事なのでござるか?!
奇妙―――と云えば奇妙でした。
現実として、今にも陥落しそうなアンカレスの砦を、その「偶然性」をもって護っていた二人の武将を、
蓮也よりも長くオデッセイアの軍に籍を置くアンカレスの守将は、彼自身をして「見知らぬ顔」と云っていたのです。
では、一体どこの「物好き」が―――??
いやしかし、その華麗なる武技は「物好き」レベルを遙かに超えており、事実としてあれだけ厚く包囲されていた一角が、二人の活躍によって崩されていったのです。
そこを・・・この防衛戦の要だと見立てた蓮也は、そう云った疑問を先送りにしておいて、残りの全兵力をもって死力を尽くすべし―――だとしたのです。
すると、これが思いの外見事に嵌り、浮足立ったプロメテウス軍は一気に瓦解、このまま対岸にある味方の砦に引き上げようとしたのですが―――・・・
騎:―――ここで一気に片を付ける! 逃げる残敵を掃討しつつ、あの砦も踏み潰してくれるわ!!
大胆―――いやまさに、大胆そのもの・・・
大人しく引き上げるとは云え、敵軍もまだ随分と兵力は温存しているはず、それに味方の兵力は、先程の死力を尽くしたモノで出尽くしている・・・
それなのに―――あの真紅の騎士は、喩え自分一人だけでも突撃の敢行をするものと見え、流石にそれは無理なのではないか・・・と、蓮也が云おうとしたところ―――
導:ウフフフ・・・あの人ったら張り切っちゃってぇ〜♪
お〜い―――私はこれからティーのお時間にするけど、お前サマはどうするんだ〜〜い。
騎:ふむ・・・では用意していて貰おう―――ミルクはたっぷりと・・・それからシュガーは抜き―――で、な。
この時、この二人が交わした会話は優雅そのもの・・・
未だ防衛戦が終着していないと云うのに、お茶の・・・ミルクや砂糖の匙加減を問うていた―――
そんな・・・戦場の常識―――作法的には考えられない事が、目の前で派生していることに、蓮也は呆気に取られていたのです。
けれど・・・当のご本人様達は大真面目―――
相方が帰投してくるまでに、その注文通りにお茶を淹れ―――自分はそれまでに、好みの味付けで寛ぎのひと時を過ごす淑女・・・
そこには、そう云った場所柄ではないながらも、「違いが判る大人」の演出があったのです。
そうしている内にも、紅蓮の槍を携えた女騎士が、対岸にあるプロメテウス側の砦に突撃を敢行すると、
その僅か数10秒後・・・盛大なまでの火柱が上がり、それによってプロメテウス側の砦が陥落してしまった事を知ったのです。
その後・・・まるで何事もなかったかのように、アンカレスに戻ってきた女騎士は―――・・・
騎:・・・もう終わってしまった―――つまらん・・・もう少し骨のある連中だと思っていたが・・・
導:贅沢云うもんじゃないよ―――ほれ、お前サマの分だよ。
騎:うん・・・―――フフ・・・フフフフ・・・どうやら、もう少しばかり苦戦をしてくるのであったかな。
蓮:―――なぜ・・・で、ございまするか。
騎:ウン? いやなに―――私は生来から「熱い」モノが苦手でな・・・時間がかかれば、このティーも冷めて丁度良い頃合いだと思ったまでの話しだ。
驚くべき事には―――その女騎士が、戦闘後のお茶を嗜もうとしたところ、そのお茶は淹れたてのままの熱さを保っており、
その女騎士が飲み干すのに丁度いい温度になるまでには、まだかなりの時間を要していた事にあったのです。
こうして―――ここにオデッセイア北端の国境は、無事に護られました。
しかし戦功が一番にあったのは、アンカレスの守将・・・でもなく、況してや救援に駆け付けた蓮也でもなかった―――
ただ、どこからともなく現れてきた、所属不明の二人の武将―――
それに、蓮也からその事を質されると―――・・・
騎:ナニ・・・気にする事はない―――単なる暇つぶしだ。
ここの処の単調な作業に飽いでしまっていたのでな、そんな私達を上の方が見かねられて・・・私達を再び戦場に立たせてくれたのだ。
導:け〜〜ど―――さぁ・・・こんなに早く終わっちまうんじゃあねぇ〜〜・・・
あ―――そだ・・・あんまし早く帰っちゃ、あの方渋い顔するだろうからさぁ〜〜ここ、観光して周んない?
「お気楽だな―――お前は・・・」
「ニハハw そゆお前サマは、思い詰め過ぎなんだってばヨw」
そう云って・・・仲の良い二人は、呆気に取られている蓮也たちを尻目に―――沈みゆく陽の中に消えて行ったのです。
そして、防衛戦が終わったと云う事で、先頃捕えていた怪しい二人組を取り調べる為に、砦の地下牢に赴いてみたところ―――・・・
蓮:(―――うん? 一人・・・足りぬような―――?)
そう・・・確かに、「怪しい」と思って捕えたのは、「二人」―――・・・
けれど、蓮也が地下牢を覗いてみたときには、まだあどけなさが残る少女が一人いるだけなのでした。
そこで蓮也は、自分の気の所為ではない事を確かめるため、少女に訊ねてみるのですが・・・
少:―――えっ? 私がここに入れられた時は・・・私一人だったんですけど。
それよりも―――もう戦は終わったのですか?
見れば見るほどに―――あどけなく、いたいけな少女・・・
そんな少女を、戦時中の緊張が張り詰める中とは云え、こんな場所に軟禁せざるを得なかった事に悪びれてしまう蓮也・・・
けれど―――少女を、地下牢から解放した直後に・・・
少:・・・君が謝る必要など、どこにもないよ―――ただ私達は「勅」によって動き、日頃の憂さを晴らしたまで・・・
だから―――君が謝る必要も、況してやお礼を云う必要など・・・全くもってないのだよ。
それは―――少女の去り際の一言・・・
「少女」なのに「少女」ではない言葉を耳にした時、ふと蓮也は最近同じような言葉を耳にした事に気付きました。
そしてその事に気付いた蓮也は、急いで少女が上がった石段を駆け上がりましたが・・・
そこには既に誰もいなかった―――・・・
そこで蓮也は、仲間であるアンカレスの兵士達に、その少女の姿を見かけなかったか―――を、聞くのですが・・・
そんな少女の事を、記憶にも留めている者など、一人としていなかった―――・・・
ならば、それは「幻」だったのか―――と、云うと・・・
現実としてあったのは、陥落した敵側の砦と―――護られた味方の砦が、その証明として残されていたのです。
=続く=