なんの目的で、自分の庵にリリアが訊ねて来ているか―――たまもには、薄々感づいていました。
けれど、そこは素知らぬ顔で―――・・・
た:はて・・・あの「事」とは、何の事じゃろうかのう。
リ:ケッ―――お前も、とっつきにくい奴だなぁ。
・・・市子と、蓮也の事だよ。
た:その事は・・・以前にも云っておいた筈じゃが―――
リ:へへっ、そう来ると思っていたぜ。
まあ―――ちょいと耳を貸せよ。
やはり、リリアが持ち込んできた「相談」と云うのは、市子と蓮也の事だった―――
けれど、両家の間にて縺れた糸は、解くほどに絡まり、複雑になって行く事を知っていたが為に、
たまもの口からは、無駄な徒労に終わるであろうことを、以前に説かれていたのです。
しかしリリアは、諦めが悪かった・・・(正確には、良い方向に諦めが悪かったと云えたのですが―――)
喩え以前に、たまもから説かれていたとしても、その事を相談する為にたまもの庵を訪れ、彼女の耳元に囁いてみたのです。
すると―――・・・
た:ほう・・・ほうほう―――なるほどな・・・
いや、関心関心、よもやお主が、そこまで知恵が回る者じゃとはの。
リ:はあ゛? なんだか引っかかるモノ云いをするもんだな・・・。
た:褒めておるのよ。
いや、しかし―――お主が云うのも尤もじゃ。
確かに、未だにあの内乱の終息宣言は出されてはおらぬ。
加えて、山名の惣領はもとより、細川の宗家も、先程の道鏡の襲撃により、絶えたとの噂・・・聞き及んでおる。
しかし―――じゃ・・・
リ:へへへ―――そうよ、今、その「東軍」だか「西軍」だかの実権は、千極と、細川の分家が握っているとすれば・・・
先ず、リリアが考えたのが、未だに収まっていない、「内乱」の終息宣言を出す事を契機に、市子と蓮也の仲を取り持とうとしていたのです。
すると、たまもからは「妙案」と讃えられ、早速その為の策を講じることとなり・・・
た:ふぅ〜む・・・じゃがのう―――それだけでは、どこか決め手に欠けていると云えよう。
・・・ん? しばし待てよ?
そう云えば、確か・・・市子殿もぼやいておったよな。
「余りにもしつこいので、会わずして追い返す、良い方法はないモノか」―――と、な。
リ:(?)それが、どうしたって云うんだ?
た:うむ・・・恐らく市子殿は、ここ数日で、細川宗家の家臣共より、「総家を継いで欲しい」旨を、頼まれているモノと見える。
リ:おお―――だったら好都合じゃないか!
た:いや、そこが単純ではないのじゃ。
わしが、いつぞや見た事のある文献によれば、細川宗家の、分家への風当たりは、それはもう相当にひどかったようでな、
恐らくは、市子殿の分家も、例には漏れなかったように思われる。
確かに、リリアが提示した案は、「妙案」だと云えました・・・が、
果たして、当事者の一人でもある市子が、自分達の今回の計画に、首を縦に振ってくれるモノか―――と、云えば、それはかなり困難を極めたと云えたのです。
そしてその事は、たまももその原因となっている事を、知っているかのようでした。
(事実として、細川宗家の、分家への仕打ちは、かなり根が深かったモノと見え、市子の出身が、常磐でも随分な「田舎」だと云って差し支えない、「飛騨高山」と云う山里と来れば、
市子を輩出した分家筋が、彼の地に追いやられたと理解するのに、そう難しくはなかったモノと思われる。)
とは云え・・・これでは事態は進展しないので、取り敢えずは、市子の説得に向かおうとした処―――
リ:―――お? なんだ、ありゃ・・・
た:ふむ、まさしく良い見本の様じゃの。
市子の説得に向かう為、彼女の庵へと足を運んでいた、リリアとたまもが目撃したモノとは・・・
玄関口にも入れてもらえず、宜もなく追い返され、首を項垂れて去ろうとしている、この国の武士の格好をした者達でした。
それを見るなり、自分が授けた策が、早速功を奏しているモノと、たまもは感じたのです。
それよりも、今度は自分達の番・・・いくら市子が、良く知る仲間だとは云え、機嫌を損ねてしまえば、これほど難しい相手はいないのです。
そして、その為の第一歩―――・・・
リ:や―――やあ・・・市子・・・ちょ・・・ちょっといいか?
市:・・・はあ―――なんでしょう・・・。
明らかに、不自然な挨拶に、怪訝極まりない表情で、出迎える市子。
最悪な事に、リリアは初歩で躓いてしまったのです。
しかも、最初手からして、そんな感じだったモノだから、中々本題へとは入れず・・・
リ:ああ〜いや・・・あはははは・・・い、市子って、こんな処に住んでたんだ〜〜あはははは―――・・・
まるで気の入っていない言の葉に、益々場の雰囲気は、悪化の一途を辿る一方・・・
それに、こんな態度のリリアに、大方の用件を察した市子は―――
市:リリアさん・・・あなたまで―――
た:(・・・。)のう―――市子殿・・・
市:(・・・。)はい―――
た:今は、梅の季節・・・一緒に茶などを、所望したいモノよのう・・・。
市:玉藻前様・・・そう云う事であれば―――
第百六十九話;梅の花の咲き誇る頃
そこへ、こう云った交渉事には、一日の長があるたまもが、今の季節の花と共に、「お茶」を求めてきたのです。
難しいと思える人物でも、その「きっかけ」さえ間違わなければ、安易である事を、たまもは知っていました。
(とは云え・・・リリアは、そこに辿り着かないまでに、撃沈してしまったモノですが―――)
それに、今は梅の頃―――丁度、庵の近くには、一本の梅の花が咲き誇っており、
軒先にて、その花を愛でながら、一服をする市子達・・・
た:うむうむ―――善哉善哉♪
六合の茶室でも事足りるが、やはり風流は、こうでないとのう―――♪
市:(・・・。)それで―――なんの目的で・・・?
た:・・・そなたも、恐らくは気付いておるじゃろうが―――
用件は、先程訪れておった者達と、そう大差ない。
市:やはり・・・
ですが―――・・・
た:じゃが、その動機は、あ奴らとは違うでな。
市:・・・と―――申されますと?
た:「応仁」じゃよ・・・。
元はと云えば、この国がここまで荒れ果てた原因も、未だあの「内乱」の結末が、有耶無耶になっておるからじゃ。
そこで―――ここで、思い切って、「新しい」東西の総大将を、今の帝に会わせ・・・
剩、終息の宣言をしてみてはどうか―――と、云うのが、この口下手な奴が、提案した事でしての・・・。
確かに市子は、明らかに挙動不審なリリアを見て、先程訪れていた細川宗家の家臣達と同じ様に、「細川宗家襲名」を示唆しに来たモノと感じ取っていました。
しかしそれは、杞憂に過ぎない―――と、たまもが更に噛み砕いた説明をし、リリアが描いていた構想と云うモノを、市子に披露したのです。
(そして、ここで市子は、リリアの本心を知ることとなり、なぜ彼女が大事な事を、云い難そうにしていたかを、知る事が出来たのです。
そう・・・「面倒臭い事」が嫌いな彼女が、仲間の為ならば、そうした事も厭わないと云う―――そんなリリアの事を、市子は微笑ましく思ったのです。)
すると・・・そう諭された市子は、さすがに迷ったモノと見え―――
市:そう云う事でしたか・・・。
なるほど、聞けば彼の者達の云っている事とは、主旨が違っているように感じます。
あの者達は・・・ただ―――
「遠い過去にあった事は総て水に流し、我らの願いを聞き届けてくれ―――」
「それでも物足りないようならば、総家伝来の宝物も、そなたの好きなように扱って良い―――」
私は・・・その事を聞いた途端、「ああ・・・やはりこの人達とは、意見を交わすことは難しい―――」
「喩え私が、この首を縦に振った処で、後々難癖を付けてくるなどして、私と対立するようになってくるに違いない―――」
玉藻前様は、細川宗家凋落の原因が、どこにあったがご存知でありましょうか・・・。
この私が、犇と感じますのには、宗家自体の力が、隆盛期の頃と比べて、遙かに弱体化しており、
それが、外部からはもとより、内部からの圧力に、抗う術を持たなくなったからだと思うに至るのです。
ですから・・・私如きが、宗家を継いだところで、なんら変わる事はない―――変えることすらできない・・・そう感じてしまうのです。
市子の「悩み」とは、余すことなく、そこで総てが語られました。
御家再興を考えている家臣達が、自分に云い寄ってくるのは、偏に、自分達の意のままにできる人間を探している―――
そしてそこで、その人間が承諾をすれば、後々、自分達の思うように操れる・・・初めのうちだけ、従うふりをしていれば、良いだけの事―――
けれど、そこには大義名分などなく、単なる「業慾」で塗り固められた、「餓鬼」の様なものでしかなかった・・・
だからこそ市子は、その要求に対し、頷くことはしなかったのです。
すると、たまもは―――・・・
た:そのことを、お主自身が判っておれば良いではないか。
それに、お主が頼るべきは、真に誰であるのか・・・お主には既に分かっておるはずじゃ。
市:そうですか・・・。
そうですね―――ですが、もうしばらく考えさせて下さい・・・。
「己が悩める時、真に頼るべきは、何処にありや―――」
たまものこの言葉に、市子の方でも思う処となったのか・・・
こんな自分でも、心配してくれる―――今の自分の前に、いてくれる・・・
そうなのだ・・・これが「仲間」―――「強い絆」・・・
そして、これによって、市子の肚も決まりました。
が―――・・・どうやら、市子の方でも「腹案」があるらしく、二人を帰したあと、市子はどこかへ出かける身支度を整えたのです。
その―――市子が出かける姿を、物影に隠れるようにして見ていた二人は・・・
リ:これからどこへ行こうってんだ―――?
た:まあ見ておれ・・・これから中々、面白くなっていきそうじゃぞい♪
リリアの方は、どことなく市子が、今回の自分の提案を、受けてくれそうな予感はしていたようでした。
が・・・たまもは、これから市子が向かおうとする行先に、心当たりがあった為か、「面白くなりそうだ」と、云っておいたのです。
そう・・・中々自分からの意見は述べず、隣りにいる腕白美女からすると、控え目な美女が・・・
自分の意見と云うモノを、これからある特定の人物にする為に、出かけた―――
その行先とは、千極家の屋敷―――・・・
そしてこれから、常磐に措いての、歴史魔転換が起きようとしているのでした。
=続く=