「J・F・K」―――とは、なんとも奇妙な名前もあったモノだ・・・
しのは、そう思いました。
それと云うのも、それまでに明かされた個人名にしても、「セルバンテス」「サヤ」「ルカ」・・・などと、一度耳にしても、違和感のないモノだったのに、
それが、「J・F・K」―――などと・・・は・・・
しかし、それも無理らしからぬこと。
それと云うのも、しのの耳に聞こえたのは、その人の「イニシャル」―――
「ファースト・ネーム」「ミドル・ネーム」「ラスト・ネーム」の、それぞれの一番最初に来る文字を、至極簡略化して表記、また或いは、そう呼んでいるモノでもあったのです。
で・・・あれば、この「J・F・K」なる人物の、本当の名前は―――?
すぐさま、しのの興味はそちらへと移り、いつかこの人物の名前を暴いてみせよう―――と、云う気にもなりました。
・・・が、取り敢えずの処は―――
J:それよりもあなた・・・しのさんと云いましたか。
あなたは、見かけの上では、女性の方のように見受けられますが、そうではない・・・と、云うのですか。
し:いいえ、あなた方のお見立ての通りです。
ボクは、こう見えて、女―――そこの処は自覚しています。
けど・・・こうなってしまったのは、それなりの経緯と云うモノがありまして・・・ね。
しのの―――その出生が、忍であることは、以前にも触れた事がありますが・・・
なぜ彼女が、女性なのに「ボク」と云う、一人称を使うのか―――それには、やはりそれだけの事情が存在していました。
しのの父―――九魔忍軍の棟梁であった男は、必然的に男児を世継ぎに望んでいました。
けれど・・・産まれてきたのは、女児―――
それに、「忍の里」のように、閉鎖された空間内では、外部からの侵入に対しても、厳しいモノがありました。
そうしたことの背景には、やはり・・・過去に、そうしたことを容認してしまったことで、外部からの人間を招き入れてしまい、失敗をしてしまった―――と、云う、苦い経験があったから、
今後は、過去の失敗を教訓に踏まえ、二度、同じ轍を踏まないように、工夫された結果だったのです。
それはさておき―――しのの父、段蔵も、産まれてきたしのが女児であることには、ひどく落胆したモノでしたが、
これも運だと諦め、それでもしのを、次代の九魔の棟梁に仕立てるべく、幼い頃から、厳しすぎるくらいの修業を、課してきたモノだったのです。
その際には、勿論、しのを女だとは思わない事―――
また、しの自らも、そう思わせないように、彼女自身のことを「ボク」と云わせるなどして、意識面から変えようとしていたのです。
とは云え・・・所詮は人の子―――斯くも簡単に、性別を変えられる術など、この世の摂理にはあろうはずもなく・・・
しのの胸は膨らみ―――臀部も、ふっくらとした肉付きになってきてしまった・・・
つまりは、ここにきて、父・段蔵の目論見は、半分は外れてしまったわけなのです。
しかし、後のもう「半分」は・・・
父や、諸先輩方からの扱きにも耐えたしのは、やがては、里の誰からも認められるまでに成長したのです。
けれど―――そう・・・あれは、現在から五・六カ月も前のこと・・・
サ:なんだって・・・あんたの親父さんが、その「カイエン」―――てな奴に・・・
し:はい・・・お父の仇敵を討つ為、里や常磐から出てきましたが―――
J:なるほど・・・あなたの事情は、よく判りました―――
では、こう云うのはいかがでしょう。
現在わたくし達は、ある大事業を成し遂げる為に、日々邁進をしてきているのですが、哀しむべき事に、人手が足りないのです。
そこで―――あなたも、わたくし達の仲間に加わりませんか。
第五十二話;ヘッド・ハンティング
ス:(な・・・っ!?)ちょっと・・・J―――??
J:・・・いかがです。
あなたさえ良ければ―――
し:・・・判りました。
けれど、一つ条件が・・・お父の仇敵である「カイエン」の情報を、願わくば・・・
J:いいでしょう。
では、その条件で、契約成立とみなしてよろしいですね。
ではその前に・・・見かけの上だけとは云え、恰好だけでも馴染んで戴かないと―――そのことに関しては、ルカさん・・・宜しくお願い致しますわね。
本来ならば、彼らが話し合っていたことは、最重要機密事項だったのだから、盗聴をしていた輩は、
見つけ次第―――事如何を問わず、すぐにその場で処断・・・が、「普通」でした。
ですが、そこで「普通」ではなかったこと―――
盗聴に失敗をしてしまったしのを赦し、剩、ヘッド・ハンティングまでしてきた―――
その事にスターシアは不祥に感じ、諌めようとしたところ・・・
彼女は見てしまったのです―――
「東の評議員」である、「J・F・K」の―――
その貞淑そうなる面の裏側に潜む、とても危険な一面を・・・
この人物こそは、今でこそ大人しくはしているけど、一昔も前には、自分やその同志・・・剩、自分達の盟主までも苦しめてきた、最も手強い者にして「敵対者」、
「黒衣の未亡人」首領―――「ヱニグマ」・・・
あの危険人物の光が、真紅の双眸に、再び宿されたと感じた時、スターシアは息を呑んだモノでした。
「この女は・・・また一体、何を企み始めているのだろう―――」
「だが、その結果として、我が盟主に弓引く行為ならば、この私が―――」
スターシアにしてみれば、この人物が、これから為そうとしている事に、警戒を払わなくてはなりませんでした。
それに今は、自分達の「母体」ともなっている、「大公爵」は不在・・・
だから、尚の事、一層、そうしなくてはならないのですが・・・
ひとつ試しに、スターシアは、しのがお召し替えの為に、別の部屋に移動した頃合いを見計らうようにして・・・
ス:―――どう云うつもりなのだ、ヱニグマ・・・
まさかお前、今まで女禍様が成してきた努力を、無にする為に・・・
ヱ:口を慎みなさい―――ラゼッタ。
そんな事をして、わたくしに、何の利得があろうと云うのです。
それに、今のわたくしは、「そう」呼ばれるような存在ではありません。
そのことは、女禍の方でも同じなのです。
ス:(!)・・・だがな―――
ヱ:いいでしょう・・・このままでは、あなたも寝覚めが悪かろうと思いますので、現在わたくしが描いている、構想の一部を話して差し上げます。
まあ、尤も・・・旧くからの知己であるあなたには、いずれ話すつもりではいたのですけれどね・・・。
「J・F・K」なる人物―――過去には、「ヱニグマ」と呼ばれていた者に対して、二心が芽生え始めたから、
間諜行為をしたしのを、赦したのではないか―――と、スターシアは問い詰めましたが、
疑われた本人は、その事についての詰問は、予め織り込み済みであったと見え、
いずれは同志であるスターシアには話すつもりでいた、彼女の計画の内をそこで話して見せたのです。
しかも、この構想・・・全く別モノではなく、要因が絡まり合っていたからこそ、利用できるモノだ―――と、判断したに過ぎなかった事が判ってきたのです。
では・・・「絡まり合った要因」とは―――
J:先週―――ロマリアの南部で、暴動の未遂があったのを、覚えていますわね。
ス:ああ―――アレは確か・・・不法入星の疑いがある者を取り調べようと。、検査官が近寄ろうとしたところ・・・
J:その者は、検査官を突き飛ばし、逃走を図った―――
しかし、これでは職務を全うできないと判断した検査官は、応援を要請し―――
ス:だが、それでも奴は逃げおおせた・・・それに、見つかった―――との報告も、未だなされていなかったな・・・。
それと、今回のことと・・・なんの関係が―――?
J:・・・この事は、未だ確証までには至らなかったので、敢えて口外にまでは出してはいませんが・・・
時期や方角から鑑みて、しのさんが云っていた、「カイエン」ではなかろうか・・・と、わたくしは推察しています。
ス:しかし―――・・・それでは、判断材料が乏しいでは・・
J:ラゼッタ―――あなた、「カーリヤ」の一族の事はご存じ?
ス:うん? 確か、それは・・・半身が蛇の―――
J:わたくしの、過去の記憶に相違がなければ、彼の一族の内に、代々「カイエン」と名乗る家系が存在していたはず―――
まあ・・・これは、わたくしの過去の記憶のみが、頼りなのではありますが・・・
それに、逃亡者の行きつく先も、ある程度、検討がつくでしょう。
そう・・・これより上は、「北」しかありません―――「北の大陸・エグゼビア」・・・
また彼も、何かに惹かれて、そうするのでしょう・・・。
彼女は、自分が背信の疑いを掛けられたとしても、微動だにしませんでした。
それどころか、先程のしのの告白から、大胆なまでの推察と、計算の高さを披露し始めたのです。
それが―――つい先日起きた、ロマリア南部での小さな事件と、それ以前に、常磐で起きたとされている、殺害事件の容疑者とが、
同一人物の仕業ではなかろうか・・・と、云う事でした。
しかしそこを、スターシアは、判断する材料が乏しいから―――と、その推理を危ぶむのですが、
そこで、「東の評議員・J」は、過去の記憶を手繰り寄せ、ある・・・身体に特徴がある、惑星の一族の家系の者を公表してみた時、
スターシアも、その一族の概要だけは知っていたのです。
しかし判らないのは、なぜ、しのの父殺しの容疑者である「カイエン」は、現在話題ともなっている「エグゼビア大陸」に、逃げようとしている―――?
しかも、注目を集めつつある、この時期に・・・どうして―――?
ですが、その行動原理を、元・広域指定重犯罪組織の頂に君臨していた「彼女」だけは、理解をしているようでした・・・。
『悪は、悪を呼ぶ』―――
その事は同時に、北の大地に、数多の血潮が流れる事を、示唆してもいたのです。
=続く=