現在から、凡そ一週間ほど前―――その「部落」の住人達からすれば、「異邦人」達であるキリエ達が、エメト山より下りてきました。
そこでキリエ達は、「異邦人」宛らに扱われるのですが・・・よく見れば、負傷者を抱えていたこともあり、
余り住人達とは関わらないことを条件に、その「部落」の一角に、留まる事を赦されたのです。
ともあれ、先ずそこでキリエがした事は、パライソ国にいる、敏腕の医師と連絡を取り、すぐに来て貰うこと・・・
しかし、その医師の腕は、「超一流」の声も高かったのですが・・・同時に、ある問題を抱えていたのでした。
第八十四話;名医の条件
とは云え、そんな贅沢を云っていられる状況でもなかった為、早速、凍傷によって負傷した隊員の症状を診て貰う為に来て貰い、適切な治療を施して貰ったのです。
・・・と―――ここまでは普通の医師と同じ・・・
つまりは、ここから先が、この医師が抱えている問題点でもあったのです。
医:これで、しばらく安静にしておけば、完治の見込みはあるでしょう。
それでは―――1000万プラティーネ、払って頂きます。
キ:1000―――・・・一週間前から連絡を取ろうとしても、出来なかったのに・・・
それで、待たされた挙句に、そんなに治療代を請求するなんて・・・また、随分と吹っかけてきたわね。
医:お安いモノでしょう、たったそれだけで、人一人の命が、助かるモノと思えば・・・。
それに、云い返すようですが、あなた様との連絡が取れにくかったのは、何も故意に・・・ではありませんよ。
こちらだって、足りない手を、フル稼働させているのです。
キ:確かに―――お前の、医師としての腕は認めるけれど・・・
それに、ソシアルとキセノンも、個人開業させたと、噂には聞いているわ。
だとしても―――・・・
医:今まで、「無償」でやって来れたのが、奇跡に近かったのです。
ですから、今でこそ思いますよ・・・当時から、正規の料金を頂いていれば―――と・・・
そのお陰で、急に高額を取り立て初めてからは、周囲りから白い目で見られましてね・・・
それでも、赤字続きの我が治療院の家計を救うには、程遠いモノなのですよ。
それでは―――治療代の振り込みの方、来月までには・・・ん?
通常の病院で、治療をするより破格―――法外な値段・・・
今回も、一人の隊員を治療するのに、提示された額は、相場の倍以上の値段だったのです。
それでも、キリエは・・・この医師に頼むより、外がありませんでした。
なぜならば、「彼」こそは、キリエが知る上でも、「名医」だったのですから・・・。
そうしている内に、手当を完了させた医師は、自分の治療院があるパライソ国に戻る為、帰り支度をしようとしたところ・・・
医師が持っていた、携帯式の通信機に、何者からかの連絡が入り、そこで出てみると―――・・・
医:はい―――ああ、侯爵様でありましたか。
マ:『そだよ〜♪ あのさぁ〜おかあたまから聞いたら、ヘラちゃんここに来てんだって〜?』
『そこでさぁ〜お願いがあるんだけどぉ〜〜』
なんと―――通話先の相手とは、侯爵のマキ・・・
だとすると、この医師が一つの治療を終えて、自分の国へと戻ろうとした時に、かかってきた連絡こそが、
前のお話しで、マキが上機嫌で、リリアが借りている一軒家に来た―――前後の件でもあったのです。
そう―――あの時、マキがやけに上機嫌だったのも、マキ自身が知る上で、超一流の腕前を持っている医師が、
偶然にも、同じ地域に来ている事を知ったから・・・。
だから、兎にも角にも、喩え「狡猾」と云われてもw
あの術を行使して、早急に、リリアが借りている一軒家に来て貰ったのです。
リ:いくらご都合主義と云ってもだな・・・ま、いいわ、そんな事は―――
・・・で―――こいつが、そうなの?
マ:へへ〜紹介しとくね、こちらが、あたしが知る上での「名医」、ヘライトスちゃんだよん♪
ヘ:ヘライトスと申します、ところで患者はどなたなのですか。
そして、ここで、この「名医」の正体が明らかに―――
そう、この「名医」こそは、ヴァンパイア達の専属の医師でもある、「人狼」の、ヘライトスだったのです。
しかし、それにしても・・・「時代」がそうさせてしまったのか、法外な治療代を請求するようになるとは・・・
けれど、それとは反比例して、医師としての腕は、衰えるどころか冴え渡るばかり。
そのことを証明するかのように、市子の症状を、次々と診て行く内に・・・
ヘ:ふぅ〜む・・・これはどうやら、網膜内出血の様ですね―――
しかも、どうやら長年放置していたと見られる・・・
娘さん―――あなたが、目が見えなくなるまで、眼の周囲りを、ゴミの様なモノが、ちらほらと見えていませんでしたか。
市:・・・はい、それとなくは―――
ヘ:決まりですね。
先ず、そうと見て間違いはないでしょう。
大丈夫ですよ、完治します。
リ:「完治」―――ってことは、市子の目は、視えるようになるんだな?
ヘ:・・・あなたは?
リ:私は・・・リリアだ、市子の友人だ。
ヘ:(リリア・・・)
―――なるほど、そう云う事でしたか。
ヘライトスが、診察をして判った事は、市子の症状は、人間に有りがちな症状であったがため、すぐに最善の治療が施せる―――と、云う、好い返事が返せたのでした。
その事に、喜ぶリリア―――
そんなリリアを見て、ヘライトスは名前を聞きました。
すると、返ってきたのは、彼自身にも、非常に馴染みのある名前・・・
どことなく、ヘライトスが知っていた「その人」と、面影の好く似た、人間の娘・・・
けれども、次に彼の口から出てきたのは、実に意外な言葉でした。
ヘ:それでは―――今回の診察代も含めて、1億プラティーネ、払って頂きましょう・・・。
それも、この場―――即金で・・・ね。
リ:・・・・・・はい?? ちょ―――ちょっと待て! な、何かの冗談だろう?!
い・・・いち―――おくぅ?? ンな莫迦な!!
ヘ:冗談で、こんな事を云えるはずもないでしょう。
それに、「即金」で申し上げたのも、これから治療に必要となる、道具などの一式を取りそろえる為の、云わば経費の様なモノです。
ですが・・・もし、払えないと云うのならば―――残念ですが、この娘さんは、失明したまま・・・と、云う事になります。
キリエ達に請求した額を、遙かに上回る額―――
その事に、リリアは当初、自分の聞き違いではないかと思いましたが、ヘライトスにしてみれば、至極の当たり前―――
それに・・・旅先と云う事もあり、そんな多額の資金を、持参しているはずでもなく―――
だからこそ、リリアにしてみれば、そこの処に反発せざるを得ず・・・
リ:くっそぉ〜〜他人の足許を見やがって!
大体、そんな大金、こんな処にまで持ってきてやしねぇし! それに、払えるわけもねぇだろうが!!
ヘ:ありますよ・・・こちらに、「額面」と「署名」を頂くだけで結構です。
一口に、「億」とは云っても、所詮は言葉の上だけでの話し・・・
実際の「現金」に換算してみれば、紙面に刷った「紙幣」ならば、まだしも―――金属で出来た「貨幣」ともなると、「それ」は、驚愕の「重量」ともなるのです。
そこで―――ヘライトスが取り出したのは、「小切手」・・・
一葉の紙切れに、必要とする「額面」を書き、そこに「署名」をすれば、各金融機関に持ち込んだ際に、相応の金額を、署名者の口座から引き出せる・・・
そんなモノを、目の前に提示され、流石のリリアも、表情を強張らせるしか有りませんでした。
それに、市子の方も、事の重大さが、理解出来た為か―――・・・
市:リリアさん―――いいです・・・もう・・・
私がこうなってしまったのも、元はと云えば、自分の病状を知らず、放っておいたがため・・・
云わば、私自身の自己管理の甘さから、こんな事態を招いてしまったのです、ですから・・・
リ:だから市子、自分を責めるんじゃない!!
お前の病状は・・・悔しいけれど、この藪医者が診てくれるお陰で、治るとまで云ってるんだ。
だから・・・お前に責任はない!
それより・・・本当にそれだけ払ったら、市子の目は治るんだろうな―――
ヘ:ええ―――勿論ですとも・・・。
もし仮に・・・私が治せなかった場合、今後一切の、あなたから申し出た「診察」「治療」の代金、ロハにしても構いませんよ―――
リ:・・・よし、判った―――
市:リリアさん―――無理をせずとも・・・
リ:心配すんな、市子―――お前は、私の大事な仲間であり、友だ・・・
そんな友が、苦しんでいる病から解放されるなら、1億なんざ安いもんさ。
―――これでいいな・・・。
ヘ:ふむ・・・確かに、この私の目の前で、あなた自身が書かれたモノだ、信用致しましょう。
自分の所為で、知人の財産に負担を掛けようとしている―――
だから市子は、己を恥じ、リリアに対して涙ながらに謝罪をしたのです。
けれどリリアは、逆に市子を叱咤すると、厳しい表情と言葉でヘライトスを詰り、
その上で、彼の用意した、一葉の紙切れに、彼の希望する「額面」と、自分の名前を「署名」したのです。
そして、それを受け取ったヘライトスは、用意しなければならないモノがあるから―――と、足早にその場から去ったのです。
それにしても・・・未だに、高額の請求に、得心のいかなかったリリアは―――
リ:なんなんだよ〜〜あいつは〜〜!!
マ:ごみんね〜リリアちゃ〜ん・・・
ヘラちゃんも、昔はあんなんじゃなかったのにさ〜〜・・・
―――に、しても、よくそんな大金、あったよね。
リ:あ゛〜〜・・・ま、私がこう云うのも何なんだけどさ、私ん家の財産、抵当に入れりゃ、なんとかなるかな〜〜って・・・
そう―――皆さんは、もうお忘れかもしれませんが、リリアは、世が世なら、一国の姫君であり、行く行くは、その国の君主にさえ、なり得た人物・・・
しかし、自らの策によって、南方の大陸・・・「エクステナー大陸」を一つに纏める為、知り合いでもある、「旧サライ国」の国王ソフィアに、
自分の一族が治める「旧オデッセイア国」の治権を譲り渡したことにより、リリアの国は失くなってしまった・・・
いえ、新たに「テラ国」として一つとなり、「旧サライ国」や、近隣の諸勢力と共に、新たな歩みを始めていたのです。
それに、初代テラ国王である、ソフィアの計らいもあり、リリアは、自分の一族の、その莫大な財を保障され、
現在では、リリアが「それ」を受け継いでいるのです。
しかし―――リリアが、「お金」や「財産」と云ったモノに、非常に無頓着であった為、
今件に係わるまで、自分が「資産家」であると云う事に、まるで気付かないでいたモノだったのですが・・・
ふとした時に、急にその事を思い出し、喩えその事が不本意であったと感じても、父より受け継いだ財に、今は縋るしか他はなかったのです。
それはそうと―――後日談・・・
リリアから、1億もの、高額の小切手をもぎ取ったヘライトスは・・・
なんと彼は、金融機関などではなく、警察機関に顔を出していたのです。
それと云うのも、どうやら―――・・・
ヘ:すみません―――ちょっとよろしいでしょうか・・・
警:おや、先生―――また、何か用ですか。
ヘ:はい・・・実は、困った事に、あるモノを落としてしまったらしくて―――
警:なるほど・・・それで?
ヘ:・・・実はですね―――ここだけの話しなのですが・・・
1億の小切手なんですよ―――
なんとも・・・リリアが一大決心をして、署名までした小切手を、自分の不注意によって、どこかに紛失したらしい・・・とのこと。
そんな―――リリア以上に、そう云ったモノに無頓着なのか・・・と、思えば、
ヘライトスからの申し出が、一度や二度ではない事が、「拾得物」担当の、その警官の言葉からも、或る程度推察されるのです。
しかも、まだ更には―――・・・
ヘ:いやぁ〜困った、困った、ここの処、妙な落とし癖が付いてきてしまってね―――
これで、また今回も見つからなければ、私は只働きをしなくてはならなくなる。
警:ま・・・気長に待つ事に致しましょう。
その内、どこからか見つかりますよ―――
ヘ:本当に?
警:ええ―――まあ・・・実物が「あれば」の、話しですが・・・
それで、患者さんが治る見込みは?
ヘ:止して下さい―――ある方からの、お墨付きもあるのですよ。
それにしても・・・今回は、気持ちが清々しくなる様なモノを、見させて頂きました―――
「友が友を想う」・・・あれは、いつ見てもいいモノです。
金額に、換えれるモノではありませんよ―――
不思議にも、奇妙にも思えるのは、その医師と警官の会話・・・
医師が紛失したモノを、「拾得物」担当の警官は、まるで絵空事の様に聞き流し―――
また、高額の治療代を受け取るはずだった、その医師も、「拾得物」自体には、何の未練もない様子・・・
この・・・一見して、不思議にも、奇妙にも思える会話の、その真相とは―――
実は、一億もの小切手を、リリアから受け取ったヘライトスは、パライソ国に帰る道中にまで、自分の手によって処分してしまっていたのです。
だから、「実物」があるわけがない「拾得物」は、見つかるはずもなく―――
ヘライトスは、「また」、只働きをしなくてはならなかったのです。
但し、彼は、お金には換え難い光景を、目の当たりにできた―――
彼自身がよく知る、「あの人」の面影を残す、人間の娘が残したあの言葉―――
些かの・・・違わない口調に、立ち居振る舞い―――
「彼女」の血は、脈々と受け継がれている事を知り―――
だからこそ、「また、只働きでも良い」としたのです。
=続く=