≪陸;不敵なる妖シ≫

 

 

〔さりとては云いますれども―――こちら、当事者であるしのは・・・〕

 

 

し:(あの―――・・・ふしだらな影・・・。

  また『今宵も』と云ってましたからね―――そう、みすみす、されるがままに流されるアタシではないことを知らしめてやるわ!!)

 

 

〔今日のところは気分がすぐれないから―――と、云う事で、寺子屋のほうをお休みいたしたるしの。

しかし、そのそもの理由と致しては、おそらくまた今夜も這い出てくるであろう、自らの事を“妾”と呼びたる、

あの不逞の影に抗うための対策を練るために、今は鷹山本家のお庭番を勤めるという、

小父――― 黒鵺 に、協力を求めた様にて御座いまする。

 

そうしますると、自分の元親方でありました者の娘御から、件のよしなし事を須らく聞きました黒鵺―――

すると、さもあらん―――ということで、あるモノをしのに手渡した様にて御座います。

 

しからば・・・そのあるモノとは―――

紅い式紙に、連ねましたる梵字も仰々しい一様の呪符―――・・・〕

 

 

し:(ふふふ―――これを・・・アタシの大事な部分に貼り付けておけば・・・

  あのふしだらな影も、今度ばかりは諦めざるを得ないでしょう―――・・・

 

  それに・・・秋定さまも、某(なにがし)かの御用で、今夜はここには戻らないとはいっていましたから・・・

  多少もめたりとしたところで――――!!)

 

 

〔この―――・・・大仰なるモノを、一体どうしましたるのかと思えば、自分の秘めたる処に、満遍(まんべん)なく貼り付けましたるようでして、

しかして、それがしのの唯一して対抗しうるところの 策 と云うべきものではあったようで御座いまする。

 

しかも、幸か不幸か―――自分の間借りとしている処に、あの居候が今夜ばかりは戻れぬ――――

と、いうことと相成りまして、『万が一』の事態があったとしても、大丈夫と過信していたようにて御座ります。

 

 

そうしていくうち―――瞬く間に陽が落ち、闇の帳が引かれましたる頃合・・・まさに、『草木も眠る丑三つ鬨』にて―――〕

 

〜ぼわ―――ん〜

 

影:―――――・・・。(じろぉ〜り)

 

し:(ゾク――)(き・・・来た―――この・・・ねっとりと絡みつくような視線・・・まさにそうだわ。)

 

 

〔床に伏せ―――スヤスヤと寝息を立てて寝入るしのを見下ろす一つの視線ありき・・・

しかも、その視線の持ち主は、長屋に立て付けられている戸を開けなぞして〜〜―――・・・と、風ではなく、

いきなりしのの間借りに現れたようなので御座います。

 

 

その―――視線の寒々しさと、いやらしさたるや、最たるものでしたようで、思はずしのも身構えたりもしたようですが―――・・・

そこはそれ、 ぐっすり と眠っている風体を醸し出さねばならないのが、また辛いところのようで御座います。〕

 

 

影:<ふふ―――フフフ・・・よう寝付いておるようじゃの・・・しの―――

  けうこそ、妾の虜としてくれようぞ―――>

 

――〜ばさり〜――

 

影:<ムフフフ―――・・・・むん??>

 

〜じゅぅぅっ〜

 

影:<ぎゃああ――――っ?!! な・・・何事ぞよ・・・この、灼けるような感覚は!!>

 

〜がばあっ―――〜

 

し:(フフ・・・)まんまと引っかかったわね―――!

  あたしが、あのまま姦られっぱなしだと思ってたら大間違いよ―――!

  さぁ・・・正体を見せなさいっ―――!!

 

 

〔かの―――ふしだらなる影は、しのが寝付いているのをよいことに、またしても不貞を働こうとし―――

しのがかけている布団をはぐり、股間に手を忍びやらさんとしましたところ――――

なんとも、灼け付くような感覚にすぐさま手を引き、その場にて蹲(うずくま)りましたところを、

寝付いていたと思はれましたしのが跳ね起きまして、見えづらかった正体を見せよといいましたところ―――・・・

 

なんとなんと―――このお札の“呪”(しゅ)の効果か・・・

まるで闇の薄衣が剥がれる様にして、その 影 は、次第に正体を露わにしたので御座いまする。

 

 

そうしますると―――そのものの正体を見て、思はずも息を呑みますしの・・・〕

 

 

頭には白にも金にも見えゆるような髪を頂き―――

双眸には金色(こんじき)の眸――――

身には朱の着物を纏いて―――

しかも     しかも―――

その存在が何者であるかを須らく表わしたるモノ・・・・

 

人のモノではない動物の耳と―――

人にはない尻尾――――

そのいづれも 狐 のそれであったと云われておりまする・・・。

 

 

し:な――――ナニ・・・? お・・・お前は―――人じゃあない??

 

狐:<ぬくくく・・・うぬれぇぇ〜〜―――ぬかったわ!!

  よもや妾の正体が露わになろうとは―――・・・

 

  だぁ〜が―――・・・(にまぁ〜) そのような猪口才なモノ如きで、妾が諦めるとでも思うておったとは―――

  実にかわゆきことではあるよのぅ〜〜―――しのよ・・・>

 

し:うくっ―――ま、まづいっ!!

 

狐:<逃さぬぞえ―――! これからそちは、妾のモノとなってゆくのだからなぁ!!>

 

――〜がばぁっ〜――

 

し:ああぁっ――――

 

 

〔しかもしかも―――よぅく見ましたれば、その 狐の妖シ は、『女形』であり、宜しくも豊満な体の持ち主でありましたようで御座いまして・・・

 

では、どうしてその狐女の妖シが、女性(にょしょう)であるしのを襲うのか―――

それこそが、男女の性別のわけ隔てなくまぐわおうとする 比売那素寐(ひめなすび) であったれば、いかがなものだったで御座いましょうや―――

 

 

閑話休題―――

いやしかし―――そうだったと致しましても、直感にてこのままでは己れの貞操の危機を覚えましたるしのは、

急場にてここを離脱せんとするのでは御座いますが―――?

 

狐の妖シも然る者、逃がすまじ―――として、しのにのしかかりましたようで御座いまする。〕

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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